■雑談002_当たり前のことは当たり前に
風呂を出て、ソファーに寝転ぶ。この瞬間が俺にとって至福の瞬間である。仕事も終わり、家の用事も終わり、誰にも咎められることもない『自分の時間』が訪れたのだ。
何をしてもいい。
何をしてもいいんだよ……俺。
スマホで漫画を読むか。いや、映画やアニメを見てもいい。
ソファーに座り直し、太ももの上にノートパソコンに電源を入れ、小説を書いてもいい。動画投稿サイトをただ眺めるだけでもいい。
とにかく……自由だ。
「ああ。自分の時間のお供を忘れた」
俺は立ち上がり、何か飲み物を求め冷蔵庫へ。
冷蔵庫が光っている。
少年誌で見たことあるぞ。アニメでもよくある表現。宝箱が開く瞬間、中からまばゆい光を放つ状態。俺が求めている何かが待っているのかもしれない。ワクワクが止まらない。海賊王にだってなっちゃうよ。
「って違うよな……」
少し苛立っていた。俺はこういうのが嫌いだ。
冷蔵庫の前に立った。
「開けたら、ちゃんと閉めろよ」
そう言って、強めに冷蔵庫の扉を閉めた。
振り返りソファーに戻ろうとしたところ、テーブルの上にお菓子の個包装の袋。もちろん、中身は入っていない。
それを手に持ち、近くのごみ箱に強めに投げる。
だが、そういうときに限って袋はひらひらと舞い、ごみ箱を回避する。
外れたその袋を拾い上げ、そのままごみ箱に押し込んだ。
「なんで当たり前のことが出来ないんだ」
俺は、こういうのが嫌いだ。
冷蔵庫のドアを開けたら、閉める。
ごみを出したのだったら、それをゴミ箱に捨てる。
学校行くのがめんどくさい。宿題をするのがめんどくさいという息子や娘。学生なんだから、勉強、宿題をするのが当たり前だ。
仕事だってそう。
入力業務めんどくさい。品質管理めんどくさい。お客様との日程調整めんどくさい。会議めんどくさい。出張めんどくさい。
うるせぇよ。
そういうめんどくさいをクリアすることが仕事なんだ。当たり前だろ。取引先の問題点である『めんどくさい』な部分を手助けすることで、報酬をもらっているんだ。
よろこんでやれとは言わない。だが、与えられた業務は責任を持ってこなせよ。手抜きと文句が多すぎるぞ、新人ども。
そのくせ、有給はとって当たり前。有給を全部使わないと損。休むことは権利だなんて騒ぐ。文句は言わんよ。当たり前だからな。もちろん有給は使ってもいい。それくらい俺も分かっているさ。ただ、周りを巻き込むな。先導をするな。お前は何がしたいんだ?
考えれば考えるほど、イライラしてくる。
世の中、当たり前のことができていないヤツが多すぎる。
自分に都合のいい当たり前は、権利を主張してくる。
ソファーに戻り、勢いよく座った。
携帯をどこに置いたかわからなくなった。
腰を浮かせ、身体をねじらせて探していたところ、「ようっ」と呼ぶ声が聞こえてきた。
視線を向ける。黒い人影が床にあぐらを組んで座っていた。ちょっと半透明。輪郭が揺らめいている。
黒い影が「機嫌悪そうだな。また、話聞いてやろうか」と言ってきた。
苛立っている時に声はかけて欲しくない。俺は、その黒い影の言葉を聞き流した。
「おい。声をかけられたら返事をする。当たり前のことだろ。お前が当たり前のことできてねぇじゃねぇか」
黒い影は笑いながら、霧散した。
完全に消えた黒い影。
ふと、思い出したことがあった。
「冷蔵庫で飲み物取ってくるの忘れてた……」
俺は、ソファーから、再び立ち上がった。
公開日:2023/09/17
更新日:2024/08/14
