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■雑談003_やる気は天から降ってこない

 時刻は夜の0時を過ぎていた。新しい一日が始まっていた。だが、俺の中では、『今日』はまだ終わっていない。せっかくの『自分の時間』を何もしないまま終われない。疲れてはいる。眠気もある。だが寝てしまうと、一瞬で次の日のルーティンが始まってしまう。

 もったいない。

 そんな気持ちだけでソファーに深く座り、膝の上でノートパソコンに電源を入れた。

 趣味で書いている小説を書こう。

 そう。電源を入れるまでは、そのように意気込んでいた。

 ただ、パソコンに電源を入れたからといって、すぐに小説を書けるわけではない。他の人は知らないが、俺にとって小説を書くという行為は、かなりのエネルギーがいる。日中に仕事をして、家に帰ってから、自分の役割分の家事をする。ヘロヘロになっている状態から小説を書くには、『やる気』っていうやつがいるのだが。

 今、書き進めている小説のファイルは開いている。だが、指が動かなかった。

 腕組みをしても、飲み物をひと口飲んでも全く進まない。やる気がわいてこない。

 よし。何か音楽を聴きながら作業をしよう。

 デスクトップのショートカットを作っている動画サイト。一般の人でも簡単に動画をアップできるあのサイトだ。

 作業用の音楽も多数あるため重宝している。

 作業の邪魔に……いや、やる気が出る、テンションの上がる音楽を探す。

 探す。

 探す。

 探す。

 ん?なんだ……料理の動画?キャンプ道具で簡単に作る動画?

 なぜか気になり、その動画をクリックした。

 キャンプにそれほど興味があるわけではない。それに料理の知識もなく、苦手だ。

 以前、パスタに挑戦して麺ぶよぶよの激マズパスタを生み出すほどの腕前の俺。料理に関しては、本当にセンスがない。料理に関して語る資格はないと思っている。

 動画ではキャンプ道具で料理を作るだけ。特殊なことをしているわけではない。ただ、食材と市販の調味料とキャンプ道具の3つ組み合わせが絶妙で、簡単においしそうな料理を完成させてしまうのだ。

 これなら俺にできそう。

 そう思わせてくれるほどの簡単な料理。

 1本数分の動画。画面の横にはこれまで上げられている無数の過去動画。

 短い動画だし……と思い、次の動画、次の動画と進めていた。

 「やっぱり、見ちゃうよね」

 後ろから急に声が聞こえ、飛び上がりそうになる。

 横から覗き込むような気配があり、そちらに顔を向ける。

 黒い影。目線の先には、その影の顔らしきものがあった。ちょっと半透明。輪郭が揺らめいている。

 「オレも料理系の動画って好きなんだよね。その他に、アスレチックを全力で楽しんでいる動画もあるんだけど……おすすめだよ。オレも若い時にはこんなテンションで友達と騒いでいたから、なんか懐かしくって。当時、これと同じサービスがあったら、オレも投稿していたかもしれないよね。まあ、この歳になると、さすがにこんなことをする元気はないし、あの頃のようにテンションも上がらないけどさ」

 そう言いながら、黒い影はソファーの正面に回り込み、床に座った。俺の視界に入るところだ。

 「それ、見てて面白いけど、時間が無限に溶けていくよね。オレの場合、勉強になる動画も見るんだけど、ためにならないバカバカしい動画ほど見入っちゃって、見入っちゃって……時間を溶かしちゃうんだよ。あ、もしかして、オレの姿も溶けていない?溶けているように見えちゃってる?」

 ツッコミたいことが渋滞している。だが、この黒い影の勢いについて行けず「いや、ただの半透明」とだけ言った。

 その俺の言葉に不服そうな顔をして、「あっそ」と、黒い影は冷たく返事を返してきた。

 一呼吸間が空いたあと、「やる気って何だろうね」と影は口を開く。いや、あれは口なのだろうか。

 影は言葉を続ける。

 「やる気ってよくわからないよね。思い出すのが学生時代の勉強。このテレビ番組を見終わったら勉強する。このマンガを読み終えたら勉強する。あと5分したら勉強する……って言ってなかった?」

 覚えがある。

 学生時代の勉強って面白くない。勉強が好きと言っていたやつは、人生で1人だけ会ったことがある。だが、そいつ以外は、みんな勉強を好き好んでやっている奴なんていなかった。

 この影が言うとおりだ。俺も同じ言い訳をしていた。

 だけど、見ているテレビ番組が終わると次の番組が始まる。普段は見ない番組だけど、なぜかこの時だけは興味がわく。

 読み始めたマンガは続きが気になってやめられない。

 休憩5分後を待たずして、爆睡している。

 「やる気ってさ、天から降ってこないんだよね。だから、待っても無駄だよ。それに何かでごまかそうとすると、やるべきことではなく、別の楽な方にそれていくんだよね」

 膝の上のパソコンに目をやる。目を放しているうちに、次の動画の再生が始まっていた。

 「趣味の小説だって意外に書けないんだよね。だって、動画見る方が楽だし、楽しいしね……」

 そう言いながら、黒い影が笑う。

 「じゃあ、どうしたら……」

 俺は、手元を操作して動画を停止した。

 黒い影の表情が明るくなった。ような気がする。

 「そう、それだよ。それ」

 「どれだよ」

 「だから、キミがしたことが大事なんだよ」

 早く言えよ……

 こちらの心を読んだかのように「わかってるよ」と黒い影は手をあおぐようにひらひらとさせる。

 「いい?始めることなんだよ。ほんのちょっとのことでいいから始めることが大事なんだ」

 「何を当たり前なことを。勉強も、小説も始められないから……」

 「ちがう、ちがう。それは『やる気が天から降ってくる論』だよ。やる気を手に入れるためには、まず始めることが大事だって言いたいんだ」

 黒い影が少し身を乗りだすように前傾姿勢になる。

 「いいかい。キミは、オレの話を聞くために耳を傾けた。動画を止めた。オレの話を聞くためにだよ。これが、やる気モードへのステップなんだ」

 「降ってくるの次は、モードか?」

 「そう。学生時代、全く勉強しなかったわけではないよね。勉強がはかどった時もあっただろ?その時って、まず、机に座って、ペンを持って、問題を解き始めたはず。この机に座る、ペンを持つ、手を動かす。この3つの工程で、やる気モードに突入したんだよ。勉強に集中できたんだ」

 黒い影がパソコンを指さした。

 「今日の小説は実に惜しかったぁ。パソコンを立ち上げた。小説のファイルを開いた。あとは、無理やりにでも1文字書けば、今頃、小説がすらすらと書けていたんだけどねぇ」

 黒い影のしゃべり方が鼻につく。だが、こちらの気持ちに気づくことなく、その場を立ち上がった。

 「そう、たったそれだけなんだよ。たったそれだけ。ささやかな1歩。きっかけがあれば進むんだ。勉強だって、小説だって、ペンが勝手に走りはじめ、やる気モードになるんだよぉ。やる気は天から降ってくるもんじゃない。始めることでやる気を手に入れられるんだぁ」

 黒い影は手を広げ、悦に入っている。ような気がする。

 そうか。俺はこいつにしゃべらせるきっかけを作ったから、こんな状況になったんだな……

 時計は、午前1時を指していた。

 未だ、黒い影の講演会が終わりそうになかった。

公開日:2023/09/24
更新日:2024/08/14